食料安全保障を脅かすサイバー攻撃の脅威と対策

はじめに：増加する農業分野へのランサムウェア攻撃

現在、食品業界を標的としたランサムウェア攻撃は増加傾向にあり、特に農業分野における攻撃件数は2025年以降増え続けています。

スマート農業は深刻な労働力不足を補う技術として普及し、生産性の向上を実現しました。しかし、ICT・IoTへの依存度が高まるにつれ、サイバー攻撃による操業停止や物理的被害といったセキュリティ上のリスクとその脆弱性が、深刻な経営課題として浮上しています。

スマート化によるOT/IoTへの依存とリスク

生産の効率性を追求し、デジタル化が進むほど、サイバー攻撃の入り口となる接点は増えていきます。

例えば、農業においては自動灌漑システム、農薬散布ドローンが普及していますが、これらが攻撃を受ければ機器の誤動作による作物被害に直結します。

畜産の現場では、自動給餌や換気・温度の調整を行う環境制御システムが停止することで、家畜の死傷を招く恐れがあります。

また、養殖業においても、水質・温度管理システム、酸素供給ポンプの停止は魚介類の大量死に繋がります。

スマート化による恩恵は大きいですが、これらの一次産業がサイバー攻撃を受けた場合、それは一時的な生産の停止や情報漏洩だけに留まりません。そこには物理的な破壊や生命の損失という実害へ直接繋がるリスクがあります。

実際の攻撃事例

2023年にカナダ・オンタリオ州の小規模な養豚場が受けたランサムウェア攻撃では、攻撃者は金銭ではなく、「動物虐待を行っていた」という虚偽の告白を公表するよう要求しました。これは、農家の社会的信用を一瞬で失墜させかねない極めて悪質な社会的攻撃です。

また、2024年にはスイスの酪農家で、自動搾乳システムが攻撃を受けて健康管理データが暗号化されました。適切な個体管理ができなくなった結果、大切な牛たちが死に至るという痛ましい事態も発生しています。

このような取り返しのつかない事態を未然に防ぐためにも、スマート農業におけるセキュリティ対策は、最優先事項として取り組まなければなりません。

一次産業におけるセキュリティ課題

一次産業や食品・農業分野において、セキュリティ対策が他業界と比較して遅れがちである背景には、この分野特有の深刻な課題が存在します。

まず、技術的な脆弱性が挙げられます。現場に導入されているIoTデバイスの多くは、コストを優先してセキュリティ設計が不十分な安価な製品であることも少なくありません。さらに、生産現場のネットワークが外部ネットワークから適切に分離されていないセグメンテーションの欠如が、一度の侵入から被害を拡大させる要因となっています。

次に、組織的なリソースの不足という構造的な問題があります。多くの農場は、ITリソースが限られた小規模な独立経営であり、セキュリティを管理する専門家を雇用できる余裕はほとんどありません。その結果、専任のセキュリティ部門を持てないだけでなく、現場従業員への意識向上トレーニングも不足しがちです。

こうした実態から、事業者にとって目に見えにくい高度なセキュリティ対策への投資は後回しにされやすく、攻撃者にとっての格好の標的となってしまうのです。

今すぐ取り組むべき対策

食料安全保障を確かなものにするためには、まず生産現場のネットワークと外部とのネットワーク分離が不可欠であり、あわせて生産データや機密情報の定期的なバックアップをネットワークから隔離して保管するデータ保護の徹底が求められます。

さらに、多要素認証の導入などによるアクセス制御の厳格化や、現場のオペレーターに対するフィッシングメール対策などの継続的なトレーニングを並行して実施することが重要です。

農業・畜産・水産業の持続可能性は、食料生産技術の進化だけでなく、その基盤を支えるシステムのサイバーセキュリティによって初めて保証されると言えます。

最後に

土台となるシステムの安全が担保されていなければ、食品の安定的な供給は望めません。

デジタル化が進む今こそ、食料安全保障への戦略的投資として一次産業でのサイバーセキュリティの認識を改めるべきだと考えます。